頑張りすぎないこと、自分らしくいること。そして、心と体の声を大切にすること。
「もっと頑張らなきゃ」
「ちゃんとしていなきゃ」
「周りの人にどう思われるだろう」
そんなふうに考えて、知らず知らずのうちに自分にプレッシャーをかけてしまうことはありませんか?
仕事や家事、子育て、人間関係。毎日の暮らしの中には、気にかけることがたくさんあります。
もちろん、責任を持つことも、誰かを思いやることも大切です。
でも、すべてに一生懸命でいようとすると、いつの間にか自分自身の気持ちが後回しになってしまうこともあります。
今日は、そんな日々の中で、少し心を軽くしてくれるかもしれない、ある言葉をご紹介したいと思います。
海外で注目された「ノンシャラン」という考え方
以前、私の母国ハンガリーの女性誌『Nők Lapja(ヌーク・ラプヤ)』で、興味深い記事を読みました。
2026年1月7日号に掲載された「A lazaság dicsérete(気負わずに生きることの素晴らしさ)」という記事です。
そこで取り上げられていたのが、nonchalance(ノンシャランス) という言葉でした。
フランス語に由来するこの言葉には、「気負わない」「物事に動じない」「あまり気にしない」といった意味があります。
ちなみに、形容詞の nonchalant は、フランス語では「ノンシャラン」、英語では「ノンシャラント」に近い発音になります。日本では、ファッションなどの分野で「ノンシャラン」という表現が使われることもあります。
2024年から2025年頃にかけて、欧米のSNSでは nonchalant という表現が若い世代を中心に話題になりました。
ところが、日本ではこの言葉そのものが大きな流行語になったわけではないようです。
けれど、その考え方を知ると、私たちにもどこか身近に感じられる部分があります。
私が特に興味を持ったのは、同じ「気にしない」という態度でも、年齢や人生経験によって、その意味が少しずつ違って見えるということでした。
若い世代の「気にしない」と、大人の女性の「気にしない」
10代の頃は、周りの人にどう見られるかが、とても気になる時期でもあります。
本当は傷ついていても、平気なふりをしたり、何かに一生懸命な姿を見せるのが恥ずかしかったり。
「別に気にしていないよ」という態度が、自分を守るための方法になることもあるでしょう。
もちろん、すべての若者がそうだというわけではありません。
一方、40代、50代、そしてそれ以降の女性たちにとっての「気にしない」は、少し違った意味を持つことがあります。
長い年月の中で、さまざまな役割を担い、期待に応えようと努力してきたからこそ、
「これは本当に、私が気にしなければいけないことなのかな?」
と考えられるようになる。
何もかも大切にしようとするのではなく、自分にとって本当に大切なものを選ぶ。
そんな、経験を重ねたからこその軽やかさもあるのかもしれません。
海外で共感を集めた「We Do Not Care Club」
2025年には、アメリカのSNSクリエイター、メラニー・サンダース(Melani Sanders)が始めた「We Do Not Care Club」という取り組みが注目を集めました。
直訳すると、「私たちは気にしないクラブ」。
特に更年期前後の女性たちが、日常の小さな出来事や、周囲から押しつけられる期待に対して、ユーモアを交えながら「もう、そんなことは気にしない」と語り合うものです。
女優のアシュレイ・ジャッド(Ashley Judd)も、この動きに参加したことで知られています。
例えば2025年7月、アシュレイ・ジャッドは、バルト海で撮影した動画をSNSに投稿しました。
水着姿で海を楽しみながら、自分の体の変化やセルライトについて、ユーモアを交えて率直に語っています。
「We Don’t Care Clubのメンバーです」と笑顔で話す彼女は、周囲からどう見られるかよりも、その瞬間を楽しむことを大切にしているようでした。
印象的なのは、何も気にならなくなったというよりも、他人の評価に自分の楽しみを奪われない、という姿勢です。
年齢を重ねた体を隠すのでも、無理に若く見せようとするのでもなく、今の自分のままで海を楽しむ。
そんな彼女の姿は、「気にしない」という言葉に、少し違った温かさを感じさせてくれます。
年齢を重ねても、いつも若々しく、美しく、きちんとしていなければならない。
家族のために、周りのために、いつも気を配らなければならない。
そんな暗黙のプレッシャーに対して、「本当にそこまで気にする必要があるの?」と問いかける姿勢が、多くの女性の共感を呼びました。
ここでの「気にしない」は、誰かを思いやらなくなることでも、何もかも投げ出すことでもありません。
自分を必要以上に縛っていたものを、少しずつ手放していくこと。
そこには、ユーモアとともに、自分らしく生きるための小さな自由が感じられます。
日本にもある「〇〇をやめた」という考え方
この話を読んで、日本でよく見かける「〇〇をやめた」「〇〇をやめてみた」という表現を思い出しました。
「いい人をやめた」
「頑張るのをやめてみた」
「人と比べるのをやめた」
「ちゃんとするのをやめた」
本やエッセイ、SNSなどで、こうした言葉に出会ったことがある方も多いのではないでしょうか。
これらもまた、何かを新しく始めるのではなく、これまで当たり前のように背負っていたものを手放してみる、という考え方です。
私たちは、自分を変えたいと思うとき、つい「もっと何かをしなければ」と考えがちです。
もっと努力する。もっと学ぶ。もっと健康的に暮らす。
でも、時には反対の方向から考えてみてもいいのかもしれません。
「頑張ることをやめる」のではなく、「頑張りすぎることをやめてみる」。
何もかも諦める必要はありません。
ただ、いつも全力でなくてもいい。できない日があってもいい。
そう考えるだけで、少し肩の力が抜けることもあります。
更年期という変化の時期に
女性の体は、思春期から成熟期、プレ更年期、更年期、そしてその先へと、人生のさまざまな段階で変化していきます。
特にプレ更年期から更年期にかけては、月経周期が変わったり、睡眠の質が気になったり、以前とは違う疲れやすさを感じたりすることがあります。
気持ちが揺れやすくなる人もいれば、ほとんど変化を感じない人もいます。
そんなとき、これまでと同じように何もかもこなそうとすると、負担が大きくなることもあるでしょう。
でも、体が変化しているからといって、自分自身が何か劣ってしまったわけではありません。
以前と同じペースでできないことがあっても、それを失敗と考える必要はないのです。
そして、ここで大切にしたいのは、「気にしない」という言葉を、体の不調まで我慢する理由にしないことです。
つらい症状や気になる変化があるときには、医療機関に相談することも、自分を大切にする選択のひとつです。
周囲の評価や必要以上の期待は、少し手放してもいい。
でも、自分の体が伝えていることまで、見過ごさなくていいのです。
「気にしない自分」になろうと、頑張らなくてもいい
ここまで「気にしない」という考え方をご紹介してきましたが、ひとつ、忘れたくないことがあります。
それは、いつも穏やかで、余裕のある自分でいなくてもいい、ということです。
人の目が気になる日もあります。
誰かの言葉に傷ついたり、将来が不安になったりする日もあるでしょう。
そんな自分を、「まだまだ気にしすぎている」と責める必要はありません。
「気にしないこと」まで新しい目標にしてしまったら、かえって自分を苦しくしてしまうかもしれません。
「気にしない」のではなく、「何を大切にするかを、自分で選ぶ」。
今は少し気にしてしまってもいい。
それでも、少しずつ、自分にとって大切なことに目を向けていけたら。
それだけでも、十分なのではないでしょうか。
自分の体と、もう少し仲良くなるために
「めぐりの灯り」では、女性が自分の体の変化を知り、無理のない形でセルフケアを暮らしに取り入れていくことを大切にしています。
私たちがお伝えしているアヴィヴァ・メソッドも、そのための選択肢のひとつです。
けれど、運動もセルフケアも、「やらなければいけないこと」が増えるだけでは、負担になってしまいます。
体を動かしたい日もあれば、休みたい日もあります。
新しいことに挑戦したい時期もあれば、今の暮らしを静かに見つめ直したい時期もあるでしょう。
大切なのは、誰かが決めた理想に合わせることではなく、そのときの自分の状態を知り、自分に合った方法を選んでいくこと。
年齢を重ねることも、体が変化することも、必ずしも前向きに受け止めなければならないわけではありません。
戸惑いながらでも、自分なりのペースで向き合っていけたら、それでいいのだと思います。
周りの期待には、少し鈍感になってもいい。自分の体のサインには、やさしく敏感でいたい。

